まみずハルカの旅ブログ

大好きな旅のレポート!

屋久島_縄文杉トレッキング_2019/11

今回は、先月にいった二泊三日の屋久島旅行について書く。 

 

屋久島へ行こうと思った理由は、私自身が福岡ライフのタイムリミットが迫っていたからだ。福岡にいるうちに屋久島には一度行ってみたいと思っていたので、タイミングよく行くことができた。

 

1日目、福岡空港から屋久島空港まで約1時間飛行機に乗った。飛行途中で、桜島や開門岳のアナウンスがあり、サービスが温かいなと思った。そして、時間はあまりかからずにさらっと屋久島に到着した。機内から見た屋久島は、島全体が森に覆われているという印象だった。そして、屋久島空港は驚くほど小さかった。今まで見た空港の中でダントツで小さく古かった。荷物受け取りは手作業で、また売店とレストランが一つづつあるようなこじんまりとした空港だった。

 

空港付近はあまり栄えていないので、早々にバスに乗って宮之浦の方へ行った。そこには、屋久島観光センターと屋久島文化環境文化村センターがあった。

観光センターで、飛び魚の唐揚げが入ったラーメンを食べた。麺はソーキそばのような白っぽく、スープは醤油味。鯖のタレ(内蔵のペースト?)のようなものを入れて食べた。味は、塩っ辛かった。飛び魚のヒレがパリパリに揚げられていて、食感が楽しかった。そして、環境文化村センターへ行った。屋久島について学ぼうと思って行ったが、中に入るとたまたまマチュピチュの写真展がやっていてマチュピチュについて学んだ。館長さんが自身の旅について話してくれ、実に緩い環境だなと思った。屋久島の人は穏やかで気さくな人が多いと感じた。屋久島1日目にしてマチュピチュに行きたい欲が刺激されたこともご愛嬌である。

 

その後、民宿アース山口へ行った。そこの女将もにこやかで感じが良い人だった。(トレッキング用の携帯トイレも使ったらお金を払う方式で貸してくれた。使わなかったから返して、無駄にならなかった。)

そこの民宿は清潔で、快適だった。周辺の民宿の中では綺麗な方だと思う。翌日のトレッキングのために、お弁当を注文しようとしたが電話が繋がらず断念。Aコープまで行き、そこで朝食と昼食を買った。レトルトご飯が冷えた後でも美味しいのかわからなかったが、賭けで購入した。そして、その日の晩は近くの居酒屋へ行った。そこでは、飛び魚の一夜干し定食、刺身のユッケ、生ビールを注文。どれもとても美味しかった。にしても、屋久島の料理は塩っ辛いものが多いなと思った。2日目が朝早いのでお酒はビール小で終了(小でも中並みに大きかったのはご愛嬌)。お風呂に入り、9時30分就寝。

 

翌日、3時40分起床。身支度をし、レトルトご飯をレンジで温めて4時35分ガイドの人が迎えに来た。一緒のツアーに参加していたのは、一人で来ていた女性と親子。車で移動し、バスに乗り換える。その前に朝食を取った。朝レンジで温めたレトルトご飯と惣菜とミートボル。空を見上げるとたくさんの星が見えた。周りに街の光が少ないのと雲がないからとても綺麗だった。トレッキングの入り口までバスで30分。トイレとストレッチを済ませ、いざ出発。まずは8kmのトロッコ道。

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ロッコ


ロッコ道の真ん中を一列になって歩いて行く。平坦な道なので、周りの景色を見ながら歩くことができる。洞窟のようなトンネルがあった。自然を生かした作りになっていて趣深い。下に川が流れる橋があった。柵がないところや、線路に隙間があったりしてなかなか怖い。立ち止まって、黄昏たいものだが、ガイドさんのペースは早く、写真を撮ったりすると追いつくのがやっとである。普段の早歩きくらいのペースで最後まで歩いた。

 

ロッコ道を歩いて3分の1くらいのところに休憩スペースがあった。そこには、当時の小学校の校歌が紹介されていた。木材を切って運ぶ仕事をしていた人が昔はいて、小学校まであったのは知らなかった。森が当たり前のように周りにある生活はどのようなものなのだろう。今改めて、森の良さに気づきその生活に憧れを抱く。おそらく、心も常に穏やかで自然体な振る舞いができるのではないだろうか。そして、自然豊かな故郷に愛着を持ち、離れるのを拒むという郷土愛も育まれるだろう。私自身、もちろん幼少期に過ごした土地は大好きで今でもふと思い出したりする。しかし、そこから何回も引越しをすると物理的距離も心理的距離もやはり広がって行ってしまう。だから、地元にずっと住んでいる人、特に自然が豊かなところで暮らしている人には憧れる。こんな感じで、トロッコ道を歩く道中いろいろなことを考えた。そして、「歩く」という行為そのものが好きになった。

 

8kmのトロッコ道が終わり、この調子で行くと行けそうだ!と感じた。がしかし、ここから4kmの山道がしんどかった。木材で作られた階段を上り下り。段差の違う岩場を登った。「心臓破り」と呼ばれるパートは、全力をかけて乗り切った。久しぶりに体力面で全力を出した気がした。往路の途中お昼休憩をした。ガイドさんが皆の分の温かい味噌汁を出してくれた。魔法瓶も重いだろうに、ありがたいと思った。そして、大きな杉をいくつも見た。切り株状になっているものや一回死んだ杉に着生しているものなど様々であった。それらの多くは、空洞ができていて暮らせそうになっていた。(こういう所で幼少期に秘密基地ごっことかしたかったな)ウィルソン株はその洞窟のような切り株の空間に入ることができた。ある場所から、切り口を見るとハート型に。そこが、撮影スポットらしい。橋にもハート型の穴を開けていたので、屋久島の人はちょっとメルヘンなのかなと思った。数多の杉を見た後、大本命の縄文杉にたどり着いた。縄文杉は他の杉とは違い、近づくことができないよう足場が組まれていた。とても大きかったが、それまでに見て来たものでも十分に大きいものだったので想像よりはあっけなかった。(想像が膨らみすぎてた笑)3000年前に芽を出したことを思うと時間感覚が狂う気がした。

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縄文杉

縄文杉を見た後、同じ道を通って帰る。帰りは、登って来た所を下ることが多かったので、行きよりはましな道のりだった。(降りる時の衝撃が膝に響くのは置いといて…)一回通って来た道であるのに、不思議と見える風景が違っていた。新鮮な気持ちで復路を歩くことができたと思う。山道を終え、再びトロッコ道へ。8kmの間、風景を楽しんでいたつもりだったが気づくと考え事をしていた。周りの草や木は私があせくせ生きていた間もこんな風に変わらず、ここにあったんだなあと考えていた。植物の時間感覚と自分の時間感覚の違いを感じた。頭では分かっていたつもりだったが、こうも長い時間自然と向き合うとその事実が体感でわかるようになるのかもしれない。後半になると、足の裏全体が痛くなっていた。にもかかわらず、もっとこの道を歩いていたいという気持ちが湧き上がるのである。不思議な現象である。この風景から離れてしまうことが寂しく感じた。

 

そして午後5時、22kmの道のりを歩くことができた。今まで、まともにトレッキングをしたことがなかったのだが無事歩き切ることができてよかった。トレッキングで得たものは、穏やかな心である。人間も自然の一部であることを再認識し、その自然が自分の心や体に浸透してきたような気がした。本当に良い体験だったのでこれからも山登りやトレッキングをしていきたいなと強く思う。トレッキング用のシューズも新調したことだし、ライフスタイルの一部に「歩き」をもっと取り入れようと思った。

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水場

では、また〜 

 

下関_北九州_2019_10

下関と北九州へ行って来たので旅行記を書く。

 

 

 下関旅行記

下関に行こうと思ったのは、福岡を離れるのがちゃくちゃくと近づいて来ていて行きたい所は全部行っておきたかったからだ。(関東などから山口へ行くのはなかなか大変だろう。)

唐戸市場

下関で一番行きたかった所は、唐戸市場だ。博多からJRで門司港まで行き、フェリーに乗って下関の港へ着いた。その足で、唐戸市場へ向かった。その日は祝日だったこともあり、人が溢れかえっていた。フグや刺身を期待して行ったのだが、多くの店がお寿司を売っていた。そして、観光客は争うようにお寿司を買い求めていた。天邪鬼な私は、お寿司は買わない。そこでは、ふぐ汁とフグの唐揚げを食べた。フグの身は淡白な味がする。だから、フグ汁の甘い味噌や唐揚げの油は相性が良いと思った。

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唐戸市場

赤間神宮

唐戸市場の人気にやられ、次に赤間神宮へ。ウソみたいな赤い建物は、リアル竜宮城のようだった。神宮からは、関門海峡を臨むことができ、眺めがとてもよかった。そして、同じ場所で「耳なし芳一」が祀られている所があった。そこにあった像の顔が秀逸だなと思った。源氏と平家については、昔見た大河ドラマの知識くらいしかないのだが、安徳天皇が抱えられて海へ落ちていくシーンは今でも記憶にある。その周辺地域はあの「壇ノ浦」である。電信柱に書かれている住所が「壇ノ浦」となっているのを見て、不思議な気持ちになった。「壇ノ浦在住」と一度言ってみたい。(いかつい)壇ノ浦の海岸から、関門海峡を眺めて、しばらく黄昏た。

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壇ノ浦から見た関門海峡

その後、定食屋でふぐ刺しとふぐ丼を食べた。淡白な味がして、ポン酢と辛めの紅葉おろしに合っていた。

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ふぐ丼とふぐ刺し

旧秋田商会ビル

日帰りの旅だったので、基本的に港近くを歩いた。下関は古い建物がいくつか合った。一番気に入ったのは、外見は洋館で中身が和室の「旧秋田商会ビル」だ。昔から異人館などの綺麗な建物が好きなのだが、決まって「いつかこんな所に住みたい」と思ってしまう。和洋折衷でレトロな建物は趣があるなと思った。

 

北九州旅行記

門司港

夕方になり、フェリーで門司港まで戻った。

門司港は小さい頃、一度行ったことがあったが記憶があいまいだったのでもう一度行ってみたいと思っていた。だから、この機会に街歩きをした。門司港カレーが有名らしいので、30分ほど並んで焼きカレーを食べた。(食べ物で並ぶのは私にしてはめづらしい)普通のカレーより、水分が飛ばされていて濃厚だった。門司港も下関のようにレトロな建物が多く見ているだけで楽しかった。最後に、シベリアとコーヒーをいただき、帰路についた。

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シベリア

別の日に行った北九州旅行について書く。今度は門司港周辺ではない。

「観光スポットがあまりない」でお馴染みの福岡だが、特に北九州はいかつい成人式くらいしか当初は印象になかった。 

松本邸

まず、行ったところは「松本邸」。松本邸は年に一度一般観覧が行われるため、事前に予約すると建物内に入ることができる。そこでは、コンサートが行われていて美しい音色に癒されることができた。

建物外観は西洋風なのだが、庭園は日本風でこの組み合わせが個人的には好きだ。建物内も、西洋風であるのだが異人館とは違い温かみのある空間だな感じた。

 

松本邸の内部を見学した後、別館へ行った。そこは、日本建築で茶道のお茶会と自分でお茶を点てる体験をすることができた。2階部で、椅子座でのお手前の体験をした。もともと私は茶道を3年間習っていたので懐かしさを感じた。初心者の方でもお姉さんが丁寧にお茶の点て方を教えてくれるのでなかなか良いと思う。

 

その後、1階部で行われていたお茶会に参加した。正客になりたかったので、庭園を見ながら少し待って正客の席を陣取った。お点前を見るのが久々だったので、嬉しかった。そして、ゆっくりとお茶を堪能し和んだ。

1日の間で洋と和の空間を満喫できたなと思った。

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茶の間

 小倉城

次に行ったのは、小倉城小倉城の内部は子供でも楽しめるように流鏑馬ゲームなどがあり、想像以上に盛り上がっていた。展示や映像などもしっかりしていたので行く価値はあると思った。

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小倉城

以上、下関と北九州旅行記でした。

本州からだとなかなか行きにくいエリアなので、福岡にいるうちに行けてよかったと思います。全く別の場所に引っ越すと、その周辺地域へ遊びに行くことができ面白いですね。地理的にも詳しくなります。旅行好きとしては、わざわざ飛行機や新幹線をとってマイナー旅をするよりもたくさん引っ越しをして近場に遊びに行く方が、効率的なのかもしれません。

(引っ越し好きのできる技!)

細かい観光をすると、自ずとその土地への理解が深まります。白地図状態だったエリアも自分にとって身近なものになっていき地図が色づいていきます。新しい文化や地理を知ると人生が豊かになっていく気がします。

 

では、また〜

大阪_万博公園_2019/9

私は以前から、太陽の塔の中に入りたいという思いをずっと持っていた。この時はたまたま日程が空いていたので万博公園に行くことにした。太陽の塔に入るには事前に予約をしなければいけない。予約は以外にも取りやすかった。

 

万博公園自体、私はこの時初めて行った。大阪では難波や梅田に行くことが多いため、わざわざモノレールを乗り継いで万博公園に行くことは今までしなかった。しかし、実際行ってみると想像以上に満喫できた。

 

もともと川崎市岡本太郎美術館岡本太郎記念館に行くほど、岡本太郎の作品は好きだった。パワーがあり、THE現代アートという感じがする。だから、岡本太郎がデザインした太陽の塔は中も含めて、ゆっくり観たいなと思っていた。

その日は曇天だった。しかし、広い万博公園を真夏の炎天下で闊歩するよりは都合が良い。

 

万博公園のゲートを通ると、「太陽の塔」がお出迎えだ。なんの素材でできているのか分からないが、ところどころ汚れていて歴史を感じさせる風貌だった。「今は使われていない遊園地」のような哀愁を漂わせていた。昭和レトロが好きな私としては、ピカピカのものより心を動かされる。テンションが爆上がりした。

そして、その荒み感は太陽の塔の真ん中の顔の人相をより悪く見せていた。

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太陽の塔

太陽の塔を観察しながらじっくり近づいていく。徐々にその存在の威厳さが伝わってきた。ちょうど、千と千尋の神隠しの序盤に出てきた「赤い門が唸る描写」に通じるものを感じた。(伝われ〜)

 

そして、太陽の塔の中に足を踏み入れた。予約していたため、入れる人数が決まっている。少人数に区切られ段階的に案内された。太陽の塔のドラフトなどを見た後、大本命の「生命の樹」という作品(メイン)を見た。照明に照らされたその作品は、現代風に改良されていた。下はアメーバなどのオブジェがあり上に行くに従って進化していく。三葉虫、恐竜、ゴリラ、最後には人間になるというストーリーだ。

 

進化論を題材にしたアート作品はどこにでもありそうなものだが、私の心をこの作品が捉えた理由は、スケール感だった。塔のスケールで伸びているその樹は、私が今まで見てきたアート作品の中で一番大きい。個人で作ろうにも作れない大きさに圧倒された。

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生命の樹

動植物のオブジェは当時のものを復刻させたものだった。しかし、一部は当時の素材が残されているおり、その差を見るのもまた趣深かった。繰り返すが私はピカピカして綺麗なものよりも歪で材質が悪いものの方が好きだ。見れば見るほど、当時の「生命の樹」がどんなものだったのか気になってならなくなった。(当時の状態のものも見たい。)

 

生命の樹」の頂上に辿り着くと、「太陽の塔の腕」の部分に非常階段が付いているのを見た。歩いてみたかったが流石に、閉鎖されていた。非常時にこの階段を使う意味がその時はわからなかった。あとで調べて見ると、太陽の塔は当時は屋根に囲まれていて、非常時に「その腕」の先から屋根の上に逃げられるという構想だったらしい。秀逸で面白い設計だなと思った。

 

太陽の塔内は総じて、幻想的な空間だった。見終わったあと、いつものようにアートのアクにやられ頭痛がした。(頭痛がするのは良いアートの証拠!笑)

そして、案の定自分のアート欲が刺激され、アート作品を作りたくなった。

(残念ながら、私には権威もお金もないので巨大な作品は作れないのだが。)

 

そして、万博公園内のカフェで休憩した後、民族博物館へ行った。私は、民族の洋服にはまっていたほど民族関係が大好きだ。(文化人類学を専攻していたら、また人生が違っていたかもしれない笑。)だから、民博も楽しみにしていたのだ。

そこでは長時間、異文化に触れた。さながら、世界一周旅行をした気分になった。想像以上にたくさんのものが展示されていた。民博だけでも一日中、楽しめそうだと思った。

異国の地に思いを馳せるには絶好の空間だ。生きている国も時代も違う人に対して、ノスタルジーを覚えるのはずっと感じている疑問である。

 

その後、民博の中にある異国料理レストランに入って遅めの昼食をとった。チキンのランチを食べたが、本格的な味がして大満足だった。(パクチーのってた!)

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民博内のランチ

万博公園は、想像を超えるほどの良い場所だった。

公園内の緑も綺麗で、民博やエキスポ内もとても気に入った。昭和の匂いが残る空間は、昭和好きの私にとってとても心を満たすものだった。

太陽の塔やエキスポで日本歴史を感じ、民博で異国を感じる。

この非日常感が私の好奇心を満足させたのかもしれない。

旅行も行かず、タイムスリップもせずにこのような体験が一つの場所でできるのはコスパがとても良い。

 

いつか、万博公園の近くに住んで万博公園パスポートを取得して入り浸りたいと夢が広がる。

 

 では、また〜

 

京都_出町柳_2019/8

今回は京都の出町柳

 

京都街歩きレポート<出町柳に再び>

 

京都は祖母の家があるということもあり、小さい頃からしょっちゅう親に連れられて行っていた。その時は、親に連れられるがままに観光した。寺や神社が多かったと思う。私はこれらにはそこまで興味がなかった。仏像を見すぎたために、鑑賞物ではなく「当然そこにあるもの」と位置付けていたように思う。今でも、仏像を見ても現代美術を見た時のような芸術的刺激を享受することができない。

寺や神社以外にも親に連れられて街歩きをしていた。祇園四条河原町や京都駅周辺や出町柳。何度、抹茶パフェを食べたり和菓子を買って帰ったことか。京都の老舗の和菓子屋や喫茶店は、本当にレベルが高い。これは私の親の意見だが、私も賛同する。

 

私は20才を超え、祖母の家に帰った際ひとりで街歩きができるようになった。

何度か一人で街歩きをしたのだが、直近のものを綴ろうと思う。

 

この日は雨が降ったり止んだりするような日だった。いつもの日傘を持って、出町柳へ行くことにした。出町柳と言えば、私の好物の「ふたばの豆大福」である。昔から出町柳に行くたびに行列に並んで手に入れていた。これを買うために、近鉄と京阪を乗り継いでやって来たのだ。しかし、この日は定休日。まあこんな日もあるかと思い、そこまで落ち込まない。近くのパン屋さんできな粉豆パンを購入し、賀茂川の辺りのベンチで休憩した。ウォーキングをしてる人釣りをしている人ひとりで黄昏ている人。色々な人が思い思いな時間を過ごしている。この空間の一部に自分の身を置けるのは喜ばしい。この風景をみると、この地に住みたいと思うのは必然だ。自分の人生の中で一時はこの場所に住んでやろうと心に決めた。そして、ゆっくり時間をかけてパンをたいらげていった。

 

午後は出町座という映画館に行った。そこは、映画館と書店とカフェが一体となった場所である。小さく、地元民に愛される系の映画館の風貌をしていた。

そして、発券機で映画のチケットや食券を買うというシステムだった。カフェで一服しようと思ったが、コーヒー500円という高さに断念した。(オープンスペースでの飲食なので、居心地はそこまで良くなさそうだった。)

13時10分の映画「ハッパGOGO大統領極秘司令」を見ることにした。どうかと思うタイトルに惹かれた。ちなみに、学生は1000円という安さだった。

ここの映画館のラインナップはサブカル感がある。いわゆる正統派ではなく、コアなファンが見るような映画が多い。私の趣味にドンピシャとは言えないが、好奇心を満足させてくれるものばかりだ。(ホラー系以外はドンピシャかな。)

 

私が見た映画は、ウルグアイの映画だった。フィクション風に作られたノンフィクション映画。ノンフィクション好きの私にとってはなかなか面白かった。

見ようと思って見るのではなく、映画館でラインアップを見てから映画のタイトルで見るかどうか決めるのは面白い。先入観なしに映画と向き合えるのは良い経験だ。

 

劇場は地下にあり、一般的な映画館と比べて小さくスクリーンが大きく感じる。その時だけかもしれないが、アンモニアの匂いが漂っていてアングラ感がよりいっそう感じられた。怖い映画予告が続き、「あ、これダメかも」と思った。が、本編は観れた。

 

お客さんは揃いも揃って一人だった。私語は聞こえなかった。その一人一人に妙な仲間意識を感じたのは私だけだろうか。なぜか、他人には思えない感覚に囚われた。同じ時間に同じ映画をひとりで見ていること。人生の背景は違えど、みなここに流れ着いたのだ。とても不思議な感覚だった。

 

映画を見終え、商店街で和菓子を買った。ふたばの豆大福の仇を取るようにそこで豆大福を買った。京都の和菓子屋はレベルが高いので、さらっと買った和菓子でも十分美味しい。

 

その後、「マキ」という喫茶店に入った。雨が激しく降り出したが、映画の興奮は冷めない。地元民で賑わう店内は細長い作りをしていた。感じのよい店員さんにコーヒーとパウンドケーキ(フルーツ味)を頼んだ。コーヒーは豆焦がしめの苦めで濃い味。酸味はなかった。パウンドケーキは温かく程よい甘さだった。

 

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出町柳茶店マキ

一人で行く出町柳はのんびりできて、人と行くのとはまた違う趣があった。(自分のペースで動けるからね。)

出町柳という街は趣があり好きだ。私は古びれた商店街が大好きなのだが、出町柳のものは一つ一つの店のレベルが高く最高だ。(出町柳に限らず、京都の商店街は観光地以外なら良い場所が多い。)

また同じコースで遊びに行ってしまう気がしてならない。何度目かの出町柳、堪能できた。

 

 では、また〜

沖縄_2019/6

2019年の夏に行った沖縄についての旅行記を綴る。

 

沖縄は、2回目だった。1回目は、修学旅行で首里城美ら海水族館ひめゆりの塔へ行った記憶がある。正直、時間が経っているのでなので記憶が曖昧だが、主要な観光地を巡ったり、戦争について学ぶことがメインだった。

 

そして、7年ぶりに沖縄に行って来た。

今回の旅の目的は、シュノーケリングをして沖縄料理を食べることだった。

1日目。ゆいレールで県庁前へ移動し、荷物を預け国際通りへ。沖縄は観光都市だけあり、土産物屋がたくさんあった。(小学校の頃、沖縄県民の大半がサービス業に従事していることを習ったな。)紅芋タルトやオリオンビールグッツや泡盛や沖縄ガラスなどのお土産が並んであった。

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国際通り


メインストリートから脇道にそれ、地元民行きつけっぽいお店に入りソーキそばを食べた。唐辛子とお酒の入った調味料をたっぷりかけると味に深みが増し、とても美味しかった。その後、陶器を売っている通りを歩いた。そこには、魚の絵の書かれたお皿や、様々な種類のシーサーが売られていた。シーサーは買うつもりがなかったが、シーサーの壁掛けは少し欲しくなった。(買わなかった)そして、予てから気になっていた「ぶくぶく茶」を飲んだ。名前とその見た目から飲んでみたくなったのだ。綿菓子のような見た目のお茶で、

味は玄米茶だった。泡の部分は別であわ立てた後、お茶に乗せるらしい。見た目の華やかさの割に、素朴な味わいだった。(それとともに、紅芋アイスを食べた。)

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ぶくぶく茶

街を散々歩いた。どの家の屋根にもいるシーサーを見上げたり、沖縄地方の独特の建物を観察した。同じ日本でも、街並みがかなり違うので外国(東南アジア)にいる気分になった。

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屋根のシーサー

その日の夜は、島唄を演奏してくれる居酒屋に入った。短い時間しか聞くことができなかったが、「お酒を飲みながら、楽しく過ごす」という沖縄の文化を体感することができた。そこでは、オリオンビール・島らっきょう・カラーフィッシュの唐揚げ(名前忘れた)・天ぷらの盛り合わせ(沖縄のものは生地が多い?)を食べた。さらっとした味わいのオリオンビールは沖縄の暑い気候にあっているなと感じた。どれも美味しかった。

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夜ご飯

翌日。その日のメインイベントはシュノーケリングだ。

ホテルから港まで歩き、朝ごはんは港近くの魚市場で食べることにした。新鮮な刺身や寿司が安く売っており、朝から豪華になってしまった。刺身でお腹いっぱいになる幸せを味わった。(気に入ったので、次の日も行くこととなる笑)

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豪華な朝ごはん

泊港からフェリーに乗り、渡嘉敷島へ。海の色はエメラルドグリーン。その名の通り、緑がかった色をしていてとても綺麗だった。

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渡嘉敷島の海


渡嘉敷島ではもずくが入ったそばを食べた後、シュノーケリングをした。ウェットスーツやシュノーケルを来ていざ海へ。船で、魚がいるスポット(岩場)へ行きガイドさんの指示のもと海へ入った。シュノーケリング初心者だったため、浮き輪に捕まって進んでいった。シュノーケルをする時は、口呼吸だけなので少し不安だったがやっていくうちに慣れた。水中はとても綺麗だった。水族館でしか見たことのなかったクマノミや沖縄特有のカラフルフィッシュを鑑賞することができた。目の前にキビナゴが泳いでいるのを体感するのはとても新鮮だった。沖縄の海は透明度が高く、海の底まで目視することができた。泳ぐうちに、フィン(足ひれ)を使い慣れ一人で泳ぐことができるようになった。一人で美しい海底を見ながら、浮くのはとても幻想的な気分になった。シュノーケリングの魅力の詳細は別記事で書いたので、そちらをご覧ください。

 数時間シュノーケリングを楽しんだ後、渡嘉敷島に戻り、海岸で泳いだ。そこには、魚はいなかったがやはり水が透き通ってとても気持ちよかった。

その日、ちょっとしたトラブルが起こり晩御飯はスーパーで買ったもので済ませた。詳細は別記事にあります。

 

そんなこんなで3日間の沖縄旅行を無事(?)終えました。今回は沖縄本島を観光するというより、離島を堪能しました。島の良さはやはり、豊かな自然だなと感じました。

シュノーケリングの体験がとても響いたのでまた、たくさんの島を巡りシュノーケリングを楽しみたいと思います。3日間だと、ばたばたしてしまうので1ヶ月間くらい島に滞在してみたいなとも思いました。旅行の目的は常に新しい経験をすることに焦点をあわせていましたが、保養目的でもありかなと思います。綺麗な海を眺めながらのんびりしたりと、心を穏やかにリセットしたいです。(こんなこと書くのって、私疲れてるのかな笑)

社会人になると自由に休みもとれなくなりこのような経験はできないかもしれませんが、あこ憧れますね。

 

 

では、また〜

p.s. この直後に首里城全焼のニュースが舞い込みました。この時に、首里城を見納めればよかった!

鹿児島_2019/8

2019年8月に行った鹿児島旅行記を書く。

 

 

鹿児島旅行をした。福岡から車で3時間。

 

まず、最初に行ったのは知覧特攻博物館。終戦記念日にこの場所を訪れるのは趣深い。そこで、スタッフの語りがあった。具体的な人のエピソードが多数紹介された。特攻隊に行ったのは、私よりも幼い20歳前後の人だ。それぞれ背景があり、愛を経って戦争に出向いたのだなと思った。ここでは、たくさんの遺書が展示されていた。しかし、どの遺書もネガティブなことは書かれていなかった。家族が悲しまないように、それを包み隠していたのかもしれない。または、遺書さえも管理の目が通されてしまっているから、自由に書けなかったのかもしれない。文章が短いものも多く、中身は同じようなものが多いなと感じた。表現や言論の自由が許されない時代、多様性はご法度だったのだろう。今の私なら、このような遺書を書かないと一瞬考えたが、時代背景生きていた環境が当時の若者をそうさせたのだなと考え直した。また、飛行機(?)に兵隊がひとりで乗るというのは知らなかった。飛び石作戦(?)で相手の戦艦にできるだけ多く突撃させるにはその方が得策だったのだろう。国に言われるがままに自分の生き方が決められてしまうのはやるせないだろうなと思った。戦争を直に経験していないので浅いことしか書けない。

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知覧特攻博物館

 

次に、近くの英国紅茶館?へ行った。そこで、なぜ英国趣味のカフェがあったのかわからないが有名らしいので入った。本物のロンドンバスが店前に飾られていて中に入ることもできた。なかは英国趣味の土産物が所狭しと並んでいた。その奥がカフェスペースとなっていた。スコーンセットを頼み、種類豊富な紅茶の中から、私はキーマン(燻した味)を注文しした。出てきたカップはメルヘンなものだった。味は薄めで、キーマンの正直燻された味は感じられなかった。ミルクは無脂肪牛乳。スコーンは冷蔵庫保存したものをオーブンで焼いたと推定。ジャムは市販のもの(アオハタでない砂糖多めのもの)窓から見える川を観ながらゆっくりと満喫。外にある、雨ざらしティーポットとカップがとても気になった。

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英国紅茶館

 

次にホテルのある指宿に行った。指宿は鹿児島県の端の半島で、大隅半島ではない方である。指宿海上ホテルに宿泊。残念ながら、部屋から海が見える部屋ではなかったが、海に隣接してあるホテルだった。プールや砂風呂(有料)が利用できる。

 

次の日は指宿をドライブした。開聞岳という山を観た。開聞岳は、左右対称な形で富士山の小さいバージョンの風貌をしていた。

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開門岳


その後、長崎鼻という半島の先へ行き、綺麗な海を眺めた。青々した海で、とても心地よかった。そこで、篤姫?(香りよく、甘め)という焼酎を買った。昨日買った薩摩維新の方が美味しかった。

そして、砂風呂に入った。海の浜ではなく、タープの下での砂風呂だった。想像以上に砂が重く、圧迫感があった。私は苦手だなと思った。温度はちょうど

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長崎鼻にあった竜宮城(?

良かったが、途中でかかとが熱くなりスタッフに砂を掛け直してもらった。15分くらい入ったが、じわりじわりと額から汗が出るのを感じた。スタッフが写真を撮ってくれるのは良いサービスだなと思った。風呂が終わると泥を落とし簡単に湯船に浸かる。石鹸などはないため、そこはあくまでも泥を落とす程度である。風呂を上がった後、地熱で蒸されたサツマイモを食べた。

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地熱蒸しサツマイモ

その後、砂風呂とセットで購入したチケットでたまて箱温泉へ行った。正直、十分砂風呂で火照ったのだがすぐに入りに行った。たまて箱温泉はとても感動した。なぜなら、私が今まで入った温泉の中で一番良かったからだ。私は温泉好きであるため、数多の温泉に入ってきたのだが、ここ程綺麗な景色を眺めながら入れる露天風呂はあったことがなかった。景色とお風呂を仕切るガラスもなければ柵もない。お風呂の先に海が臨めるような作りになっている。地平線まで広がる壮大な空間と鹿児島の半島を味わうことができる。心の中で、「幸せだな〜」と呟くほど最高の絶景だった。夜ご飯は前日から目をつけていた鰻屋うな重を食べた。タレの味が甘すぎず、とても美味しかった。

 

その次の日、半島の先から車ごとフェリーに乗って桜島に行った。桜島は前回行った時にも行ったのだが、その時は天気が悪く見晴らしが悪かった記憶がある。この日は、天気が良かったが靄がかかっていた。桜島をドライブしたり、火山博物館をみたりした。自然が豊かな場所のドライブは目の保養である。何時間でも、景色を見ていられるほど良い時間だった。そして、桜島から再びフェリーに乗り鹿児島中央付近へ降り立った。その後は懐かしの西郷隆盛像を拝み人吉の温泉に行った。レトロな建物の中にはレトロなグッツがたくさんあり良い雰囲気だった。そこで、貸切状態の温泉を味わった。

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人吉の温泉

その後、車を走らせこの旅二度目の鰻を食べたあと、家路に着いた。

以上が鹿児島のマイナー旅の記録だ。

台湾_台北_2019/9

先日、台湾に行ってきたのでブログを書き残しておく。

 

 台湾は5年前に一度行ったことがあった。その時は、ツアーで台北の観光スポットを巡るというものだった。九份で「千と千尋の神隠し」の風景を見て、十份で灯篭上げをし、故宮博物館に行くという王道コースだった。つまり、観光名所が中心だったのだ。だから、今回は観光名所にはほとんど行かなかった。

 

「地元民の暮らしを感じる」というコンセプトで旅をしてきたので、思ったことを書きたいと思う。

 

一番楽しみにしていたのは夜市だ。台北は夜市がいくつもあり、場所によって趣が違う。一番気に入った場所は、台北101タワーから10分ほど



歩いた所に位置する夜市だ。そこは、観光客が来る所というよりは地元民が来るような所だった。

物価が安く、人が混んでいた。味付けは、全体的に甘め。料理

は「甘さ×オイリー」という印象。塩辛さや辛さはほとんどない

台湾の食べ物の値段の幅はあるなと感じる。台北の中心地は日本と物価が変わらない。観光客相手の高級な店もある。しかし、中心地を少し外れると地元民が食べるような食堂がたくさんある。そこの食べ物の価格は安い。1食あたり80元ほどで食事ができるくらいだ。私は高級店の料理は日本でも食べられると思っているので、地元民が使う飲食店で食べるのが好きだ。だから、今回の旅行もほとんど地

元民のためのお店で食事をした。

店内はあまり掃除が行き届いておらず日本人は抵抗のある人が多そうだが、味は絶品だ。添加物が入っておらず「まっとうな味がする」。日本の飲食店は、「見た目」と「安全性」が重要視されているが、台湾は違う。見た目は洗練されておらず、衛生面もそこまで神経質ではないようだ。しかし、台湾の飲食店は加工食品率が低いため店舗の台湾人が一から作っているという印象だ。ライブで作っているからこそ感じる味がある。

 

今回の旅では色々なものを食べたが、特に印象に残った料理を紹介する。

まずは、「豆花(トウファ)」。これは、豆乳から作られたデザートだ。トッピングで芋餡や芋餅や仙草ゼリーをトッピングするのが私は好きだ。芋餡の程よい甘さと芋餅の歯ごたえと仙草ゼリーの冷んやり感の相性が絶妙だ。なかなか日本では、これらのトッピングはなく、あずきやマンゴーなどのフルーツが乗っている気がする。一杯50元(約180円)ほどで安価で味わうことができる。(日本では、500円以上する。)コスパが良いので、2回食べた。

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豆花part1

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豆花part2

 

お次は、「豆漿(トウショウ)」「油條(ユジョウ)」のセットだ。トウショウは豆乳のことで、ユジョウは揚げパンのことだ。トウショウにユジョウを浸して食べる。台湾では朝食として食べられている。豆乳はほんのり甘く、揚げパンの油とマッチする。合わせて35元(約120円)台北駅近くで食べることができた。客の回転率が高いため、揚げパンの鮮度がよかったためオススメだ。店頭でお店の人が生地をこね、その場であげるというスタイルだった。

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トウショウとユジョウ(豆乳こぼしたw)

最後は、「鴨の頭」だ。料理の名称は、分からないが首までついた鴨の頭にタレを染み込ませ素揚げしたものである。私は夜市で購入した。お店の人に「これが欲しい」と言うと揚げ直しをして、カットをし、熱々の状態で渡してくれた。店の人は「辛い」と言っていたが全く辛くなくむしろ甘かった笑。味はチキンと同じようだった。タレの甘さは台湾ビールの癖のない味にとても合っていた。

 

この他にも、タピオカや台湾麺やマンゴーなど様々なものを食べたが以上3つを紹介した。どの食べ物も本当に美味しかった。

 

今回、油化街という乾物を売っている所や夜市など台北の街をたくさん歩いた。その街並みは古臭さの残るとてもノスタルジー溢れるものであり、レトロ好きな私にとって、居心地のよいものだった。アパート一つとっても「廃墟」感がある。(良い意味で!)

日本では、ピカピカした建物ばかりで、お店もチェーン店が取って代わっている。「清潔第一」であるのは、先進国として仕方がないことだが、個人的には多少汚くても趣のある建物や店が好きだなと感じる。私はこの街並みの中にできるだけ身を置いていたいなと思った。

しかし、仕事で台湾に関与するとなれば台湾人の暮らしを豊かにするために古いものを新しいものに変えることに加担することになるのかもしれない。となると、大好きな「今の台湾」の状態を壊すことになるかもしれない。台湾に住みたいけど、働くと意に反する結果を招くかもしれないというジレンマが生じるなと思った。とにかく、グローバル化の波に逆らって、このままの台湾の雰囲気を維持してほしいなと強く思う。しかし、私が願ってもどうにもならない。30年後には、今の台北の街並みは日本の都市のようになっている気がする。だから、この過渡期にこそ台北のレトロ感を満喫しなければいけないなと思った。

 

最後に、台湾の人について書く。

台湾人は親日で温かい人が多い印象だ。年配の方やお店の方は日本語が話せる人は割にいる。一方で、全く日本語と英語が通じない人もいるが、頑張って教えてくれようとしてくれるのだ。ニコニコしているわけではないが、行動に親切心が現れている所が魅力だなと思う。バス停で路線図を確認していると降りるべき駅を教えてくれたり、お店で一品サービスしてくれたりした。とても温かい人たちに癒された。

 

台湾の街並みや食べ物や人々がとても好きなので、近々また行こうと思う。

今度は、台南に行きたい。

 

 

では、また〜